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第一節 戦国時代から天下統一へ
○27 ヨーロッパ人の世界進出

大航海時代の背景

西ヨーロッパでは、15世紀ごろ、
イベリア半島で国土を統一したポルトガルとスペインの両国が、アジアへ進出をはじめた。

両国には二つの目的があった。
一つは、カトリック教国としてアジアにキリスト教を布教することだった。
もう一つは、
ヨーロッパで肉の保存料として必需品だった胡椒などの香辛料を、
特産地の東南アジアに出かけて直接手に入れることだった。

ポルトガルは、アフリカの西海岸を南下してインドに向かう航路の発見にまず手をつけた。
いっぽう、スペインはコロンブスを派遣し、大西洋をどこまでも西へ向かわせた。

両国が大西洋経由の海路でアジアを目指したのは、
8世紀以降、地中海がほぼ全域にわたってイスラム教徒におさえられているからだった(注1)。

とくに、13世紀の末にオスマン・トルコ帝国が成立すると、
西ヨーロッパのキリスト教徒はこの地域を通ることができず、
勢力を広げようとしても、南と東へ進出する道をふさがれていた。

当時、イスラム勢力は学問・芸術においても、軍事力においても、西ヨーロッパを圧倒していた。
スペインもポルトガルも、
イベリア半島のイスラム勢力をやっとの思いで追い出して、国土の統一を果たしたばかりだった。

このように、ヨーロッパ人がアジアをめざしてさかんに活動した時期を、大航海時代とよぶ。



注1、イスラム教は、7世紀にムハンマドが創始した宗教、アッラーの神を崇拝する。


ポルトガルとスペインによる地球分割計画

ポルトガル国王は、アフリカの南端をまわって東回りでインドにいたる航海の途上で、
到達したすべての陸地を、永久に領土とする許可を、カトリックの本山であるローマ教皇庁からあたえられた。
いっぽう、スペイン国王も、
コロンブスが北アメリカへの探検で功績をあげると、領有の承認をローマ教皇に求めた。

1494年、大西洋を東西に分ける一本の線が引かれた。
この線から東方で発見されるものはすべてポルトガル王に属し、
西方で発見されるものはすべてスペイン王に属するという取り決めが両国のあいだで結ばれた(注2)。

さらに、16世紀に入ると、東半球でも両国間の領土分割線が定められた。
当時のヨーロッパ人は、
まるでまんじゅうを二つに割るように地球を分割し、
それを自分たちが進出する領土とみなしたのだった。


注2、これをトルデシリャス条約という。



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大航海時代の背景-宗教改革

ヨーロッパでは18世紀初めに、ドイツのルターらが、
それまでのキリスト教(カトリック)のあり方に異を唱え、宗教改革が始まった。

新しい教えに従った人々はプロテスタント(抗議するものの意)とよばれた。
いっぽう、ローマ教皇を中心とするカトリック側は、
巻き返しをねらって。積極的に海外への布教を行った。
なかでもイエズス会は、多くの宣教師をアジアやアメリカに派遣した。
ザビエルの来日も、イエズス会の活動の一環である。




やってみよう
大航海時代のヨーロッパ人の世界進出の動きを調べて、年表にまとめてみよう。