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第二節 江戸は幕府の政治
○35 平和で安定した江戸時代の社会

身分制度

秀吉の刀狩は、戦乱をおさえる効果をもたらしたが、江戸幕府はその方針を受けつぎ、
武士と百姓・町人を区別する身分制度を定めて、平和で安定した社会をつくり出した。

武士は統治をになう身分として
名字・帯刀などの名誉をもつとともに、
治安を維持する義務を負い、行政事務にも従事した。

こうした統治の費用を負担し、
武士を経済的に養ったのが、生産・加工・流通にかかわる百姓と町人だった。
このように、異なる身分の者どうしが依存し合いながら、戦乱のない江戸時代の安定した社会を支えていた。
ただし、武士と百姓・町人を分ける身分制度は、必ずしも厳格で固定されたものではなかった。
このほか、公家や僧侶・神官などの人々がいた。

こうした身分とは別に、えた・ひにんとよばれる身分が置かれた。
これらの身分の人々は、農業のほかに、牛馬の処理、皮革製品や細工物の製造に
もっぱら従事し、特定の地域に住むことが定められるなど、きびしい差別を受けた。


村と百姓

江戸時代の経済は、おもに農村からの年貢に依存していた。
村では、有力者が名主(庄屋)、組頭、百姓代などとよばれる村役人となり、
年貢の徴収、入会地(注1)の使用、用水・山野の管理など、村全体にかかわる仕事を行った。
村の自治は中世以来の惣の伝統を受け継ぎ、寄合によって行われた。

村人は五人組に組織され、
年貢の徴収や犯罪の防止に連帯責任を負った。

村には、ゆい、もやい(注2)など、
さまざまな相互扶助の慣行があり、
没落した農家を協力して再興することもあった。
また、寄合で定めたおきてを守らない者には、村八分(注3)の制裁が加えられることもあった。

幕府は、年貢を安定して確保するため、
田畑の売買を原則として禁じるなど、百姓の生活をさまざまに規制した。

百姓は年貢を納めることを当然の公的な義務と心得ていたが、
不当に重い年貢を課せられた場合などには、百姓一揆をおこしてその非をうったえた。
幕府や大名は、うったえに応じることもしばしばあった。


注1、入会地=特定個人の所有ではなく、共同で用いられる山野や漁場

注2、ゆいは、田植えなどでたがいに力を貸し合うこと。
もやいは村で共同作業し、利益を分け合うこと。

注3、村の住民が、その人物との交際や取引を絶つこと。


城下町と町人

いっぽう、兵農分離の結果、
武士はすべて城下町に集められたので、
彼らの生活を維持するため、村の生産物の
加工と流通にたずさわる職人や商人も城下に集まって町人となった。

町人は、冥加金や運上金とよばれる営業税を納めた。
また、町人のうちの有力者が町役人となり、自治を行った。




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やってみよう
江戸時代の身分制度について、
テレビやマンガにえがかれている話を出し合い、実際とどのようにちがっていたか調べてみよう。